ちょっとずつあるく

思ったことそのまま。でてきたものそのまま。グチャグチャな文章をそのまま。

障害を持っている人間は死ぬべきだ。

だから僕も死ぬべきだ。

障害は、知的障害や身体障害、精神障害、様々ある。

でも、障害という言葉が表すのはただひとつだと思う。

一人では生きていけないこと。

強いものは残り、弱いものは淘汰される。

自然の理だ。

それに逆らうことが不自然で、

それを人間らしさと言ってしまうのが間違いなんだと思う。

 

だから、苦しんでいるから

私達が助けなくちゃいけない

という考えは傲慢だ。

ありがたいほどに。

言ってほしいことはただひとつ。

死んでもいいよ。

 

もし安楽死が制度化されたら、

この国はどうなるだろう。

老人は確実に減る。

孤独死をするくらいなら

誰かに見守られて死んだほうが

幸せと思う人がきっといる。

人の命を人が決めるのはおかしいのだろうか?

 

問題は安楽死であれ、

人を殺すことにためらいがあるということ。

それなら、全自動の施設を作ればいい。

薬を飲んで、コンベアに乗り込む。

薬で意識がなくなり、死に至ると、

コンベアが焼却まで自動に運ぶ。

今必要なのはそういった狂気だ。

 

もし、人間らしく生きるというなら、

そこには、死に方も含まれているのではないか?

人間らしく死ぬ。

認知症になったら殺してください。

当たり前の願望だと思う。

誰かに迷惑をかけたくない。

人間らしい理由だ。

それを否定してまで生かす理由は何なのだろう?

 

死ぬのは怖い。

だから誰か殺してくれないか。

僕はそういった弱い人間だ。

救ってください。

言葉でもいい。包丁でもいいから。